川のQ&A

        Answer


受 付 日:H10.8.20
表  題:治水の歴史について回答
氏  名:藤井三樹夫
職  業:会社員 (株)水環境研究所
自己紹介:古い時代の治水は、地域性が強いので、ここでは
     日本における治水の歴史を中心にして回答いたします。



 @質問1:治水は、何時、誰が始めたのか

 中国では、古代の伝説上の聖王、夏の始祖とされる禹による治水
の業績の伝説がよく知られています。この伝説では、禹の前に、父
の鯀が治水に9年間従事したが、功が挙がらなかったので誅された
といわれていますが、誰が治水を始めたかは語られていません。

 日本列島に住み着いた人々は、水田稲作を行うようになるまで、
川や湖沼の水をほかの場所に導き、そこで多量に使用する必要のあ
る用途を持っていませんでした(ある種の木の実を川の水に晒すこ
とはありましたが、川の中に晒し場を作っています)。このため、
川や湖沼の近傍といった、氾濫によって被害の出る虞のある場所に
は、基本的に居住しませんでした。

 水田稲作には、多量の水を必要とするので、低湿地や河川近傍に
水田を形成しましたが、古代における居住地は。台地・丘陵の縁辺
部など、氾濫による被害を受けない場所に求められました。従って、
そのような適地を得にくい大河川の近傍では、水田の開発はほとん
どなされませんでした。

 しかし、ある程度の規模の人工を養う必要がある場合などには、
中小河川の近傍の低湿地を開発し、そこに住居を設けることはあり
ました。例えば、最近発掘され注目を浴びている静岡県小笠町の東
原田遺跡は、菊川にほど近い弥生後期(紀元前50年〜後1世紀頃)
の環壕集落で、大規模な環壕で限った内部からは盛り土式住居跡が
多数出土しています。環壕の北側と南側の一部は、蛇行した自然の
川を利用しているということです。盛り土が必要になるほどの低湿
地に集落をつくったのは、周辺が肥えた平地ですので、水田として
かなりの人口を養うことが可能であったことと、当時クニとクニと
の間の緊張が高まっていたので、水をクニの守りに活用する意志が
あったものとみられています。

 川を利用した環壕の土砂が堆積すると浚渫をしたとみられていて、
環壕には大規模な土木工事の跡や土器片で補修した跡が残っている
とのことですので、ある程度の河川工事を行いうる技術は持ってい
たものと思われます。

 乱流する川の近傍の低湿地に集落を設ければ、水害は必至であり、
それへの対策を行わなければ、生活・生産が成り立ちません。その
一つが住居の盛り土ですが、川そのものにも働きかけをしたと思い
ます。土器片による補修跡とされている遺構は、出水時の河岸崩壊
への対応策であったのではないかと考えられます。そうであるとす
れば、未熟な段階のものであるかも知れませんが、これはまぎれも
なく護岸の一種であるということができます。つまり、治水のため
の工法が施されていたということです。

 なお、弥生時代以前の縄文時代の遺跡からも、河川工事(護岸)
跡が発見されたという情報がありますが、現在調査中だということ
で、詳細は分かりません。しかし、それが確かであるとすると、治
水の歴史は更にさかのぼることになります。

 日本でたどりうる治水工事の最初が、弥生時代ないし縄文時代で
あったことは確かでしょう。そうすると、当然のことながら、誰が
始めたかは分かりません。低湿地につくられた大規模な集落に係わ
る治水であれば、たぶんクニの首長あるいは何らかの指導者の命に
よって始められたものと考えられますが、個人名は分かりません。

 A質問2:資料を教えて欲しい

 特定の河川の治水の歴史をまとめたものはありますが、河川名あ
るいは地域名を冠しない、いわば「一般治水の歴史」と称するよう
な図書・史料はありません。「日本土木史」のような本でもいくつ
かの河川についてまとめるという構成になっています。そのような
ものでもよければ、いくつか下に図書をあげておきますので参考に
して下さい。なお、治水の工法や計画についてでしたら、一般論と
してまとめられた図書はありますが、必要ないと思いますので採り
あげません。また、論文も採りあげません。

・土木学会編、「明治以前 日本土木史」、岩波書店、1936
・日本土木史編集委員会編、「日本土木史−大正元年〜昭和15年」、土木学会1965
・日本土木史編集委員会編、「日本土木史−昭和16年〜昭和40年」、土木学会、1973
・「日本土木史−1966〜1990−」編集委員会編、「日本土木史−1966〜1990−」、土木学会、1994
・工学会・啓明会編、「明治工業史 土木編」、工学会明治工業史発行所、1929
・日本学士院日本科学史刊行会編、「明治前日本土木史 新改訂」、野間科学医学研究資料館、1981
・小川博三、「日本土木史概説」、共立出版、1975
・高橋裕、「現代日本土木史」、彰国社、1990
・長尾義三、「物語日本の土木史−大地を築いた男たち−」、1985
・合田良寛、「土木と文明」、1996
・土木学会編「人は何を築いてきたか−日本土木史探訪」、山海堂、1995
・経済調査会編、「ふるさと土木史」、経済調査会、1990
・松浦茂樹、「国土の開発と河川 条里制からダム開発まで」、鹿島出版会、1989
・松浦茂樹、「明治の国土開発史 近代土木技術の礎」、鹿島出版会、1992
・松浦茂樹、「国土づくりの礎 川が語る日本の歴史」、鹿島出版会、1997
・大熊孝、「洪水と治水の河川史−水害の制圧から受容へ」、平凡社、1988
・大熊孝、「利根川治水の変遷と水害」、東京大学出版会、1981
・佐藤俊郎、「利根川−その治水と利水」、論創社、1982
・玉城哲、「川の変遷と村 利根川の歴史」、論創社、1984
・栗原良輔、「利根川治水史」、官界公論社、1943
・根岸門蔵、「利根川治水考」、1908
・利根川百年史編集委員会・国土開発技術研究センター、「利根川百年史」、建設省関東地方建設局、1987
・淀川百年史編集委員会、「淀川百年史」、建設省近畿地方建設局、1974
・建設省北陸地方建設局、「信濃川百年史」、北陸建設弘済会、1979
このほか、石狩川、十勝川、網走川、常呂川、鵡川、沙流川、尻別川、北上川、最上川、荒川、多摩川、
阿賀野川、常願時川、安倍川、木曽川、斐伊川、吉井川、芦田川、太田川、四万十川、筑後川などの
改修史があります。